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一番輝いていた北島康介

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 真に偉大な勇者はいろんなことを教えてくれる。
 かつて競泳王国と言われた日本。しかし、東京五輪のあとにはメダルなし。20120731046-c956c.jpgそれが1972年のミュンヘンオリンピックの田口の平泳ぎ、100で金、200で銅。もうひとり女子も取った。それから、また、しばらく日本競泳陣にはメダルなしが続く。1988年にソウルでバサラ泳法の背泳ぎ100メートル鈴木大地の金。このメダルから変わり始める。1992年、バルセロナ大会で岩崎恭子の女子200メートル平泳ぎの200で金。
a33b6_368_144ce9999eb7f2a02fda7e33c4fa041a.jpg 2000年のシドニー大会では銀と銅を2個づつで4個。すげーと思った。この大会の時にひとりの青年がいた。誰もメダル候補と思っていなかった北島康介である。特に注目もされなかった。それがアテネで100と200の平泳ぎで金を取った時は日本中が震えた。
 ホントに才能にあふれるまだ20歳をすぎたばかりの北島は「超きもちいい!」とその気持ちをしめくくった。この時、日本競泳陣は全部で8個のメダルを取る。水泳王国ニッポンの復活である。そこに、北島という男の存在が大きかったことは間違いない。
 2008年の北京大会。今度はものすごいプレッシャーの中で北島は二大会連続のふたつの金を取る。日本競泳陣はほかに銅3つで全部で5つのメダル。銅のひとつは男子メドレーも入っている。北島はこの大会で3つのメダルを取るのである。
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 アテネ大会の時に見せた表情と違う北島がいた。北島は優勝した後、号泣したのである。泣きに泣いた。
 インタビュアーの強かったですね!の質問に、やっと答えるのである。「はい、ありがとうございます」。そこに4年間。この王座を守るために、この勇者がやってきた長く辛い道程が凝縮されていた。多くの人が一緒に泣いただろう。自分も万分の一でもこの青年の熱情と実行力をもって事に当たりたいと思った。
 「何もいえねー」いまでは、北島のこの部分ばかりが強調されるが、北島は北京でただただ泣いていたのである。 今大会で、大会前に記録が伸びないことが報道されながら、日本全国からものすごい期待とプレッシャーがかかる。そして、僕は今大会の負けた北島がイチバン好きだった。
 もちろん諦めていたわけでも投げ出していたわけでもないだろう。北島はいままでの平井さんを筆頭とするコーチングスタッフを捨てて、メダルを取るためにリスクをとっていろんなことを試した。結果としては全部ウマくいかなかった。平泳ぎで3連覇ということでは確かに失敗した。
 しかし、そこには、それに向けてひたすら、ひたすら戦う北島があり、挑戦し続ける男がいて、そして、爽やかに散ったのである。敗者ではあるが、そこに美学があった。潔さ、気持ちよさ。俺はまた泣いた。
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 みんなはメダルが取れるか取れないかだけで騒ぐ。それは勝負の世界だからいいだろう。
 しかし、北島の自己ベストの記録をみて欲しい、何と2011年や2012年に打ち立てたものが多いのだ。
 北島は自己との戦いでは勝っていたのである。
 そして、今回の日本競泳陣はアテネ大会を上回る9個のメダルを獲得したのだ。
 そこに、北島という巨人がいて一緒に戦っていること。これがどれだけ多くの選手に影響したか。
 若い選手は北島に勝ちたいと頑張り。北島ばかりが目立つのを打破したいと頑張る。
 しかし、北島がいたことで、どれだけの若い選手が安心しただろう。
 入江選手は言い切った。「僕ら日本競泳陣は27人で戦ってるんです」
 北島なくして、この言葉は出て来なかったと思う。
 今回の日本競泳陣。何と9個のメダル。そのメダルひとつひとつに北島の遺伝子が見えてこないか?

122177.jpg水泳
 さらに、日本中の誰もが感動した、苦労人スイマーの松田悟が団体メドレーの後で語った一言。
 「康介さんをてぶらで帰らせるわけにはいかない」。
 水泳は個人の戦いであるけれども、戦いは自分のためだけにやる時よりも、誰か他の人のためにも戦うときにこそすごい力を出すものだ。そして、ちゃんと日本競泳陣初の銀メダルを取った。
  北島は、ロンドン大会で4位に終わった200㍍平泳ぎのあとに後輩の銅メダルを讃え、
 そして、あの北京大会の金のあとよりも、すっきりした顔つきで「4人で取れたメダルが嬉しい」と語ったのである。mmjiji2012m_0012946929.jpg

 北島康介のことは、これから長いこと語り継がれることであろう。
 そして、何よりもその北島スピリッツは多くの選手に受け継がれている。
 リオが楽しみだ。そして、その遺伝子をもつ選手たちに2020年に東京で戦ってもらいたいと思う。
 きっと、そのとき、北島は日本競泳陣をひっぱる敬愛の先輩として多くの選手を後押ししてくれるだろう。
 「超〜気持ちいい」と吐いた選手が8年後にこんな成長し、こんな偉大な人になるとは思わなかった。
 むしろ嫌いな人間だったから。正直。北島はいまやメダリストではなく、多くの日本人に取ってヒーローなのだ。
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佐藤治彦 Haruhiko SATO

Author:佐藤治彦 Haruhiko SATO

さとうはるひこ Haruhiko SATO
経済評論家+α
詳しいプロフィールはこのブログのカテゴリーからプロフィールを選んでごらん下さい。経済や金融を中心に90年代初頭から活動してきました。40代初めにセミリタイアし今は本当にやりたい仕事だけを選んでやっています。また、演劇活動にも力を入れました。台本書きや俳優としての仕事などもお待ちしています。
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