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熊井啓監督のこと

12/24
 人の死を受け入れることができない。2002年5月2日に、母が亡くなったあと、どうしても葬式に行けなくなった。そんな時は花をだしてごまかしているのだが、本当はいけない。行かなくてはいけない。これは、来年くらいには何とかしなくてはいけないと思っている。今年も本当は行かなくては行けないお別れを言わなくては行けない人の葬式にいけなかった。そのひとりが熊井啓監督なのである。
 学生時代に何か大人が集まって面白いことをしている。俺もやってみたいなあということでオーディションを受け参加したのが故遠藤周作氏の主宰していた劇団樹座。そして、遠藤先生の命により参加を命じられたのが氏の原作によって映画化された「海と毒薬」である。もう20年以上前の作品である。いまは新国立劇場になっている初台にあった古いビルがロケの中心地でそこに2週間通ったりしていた。そこで、奥田瑛二さんや渡辺謙さんとよくお話させていただいた。僕はメインキャスト二人と同じ医学研究室の学生という役柄で、頭も五分刈りにして(なぜかエキストラに毛の生えたくらいの役だったのだがメイン俳優さんのいる部屋にいることを許されていた)何か映画の最初30分くらいにちょこちょこ映っている。
 黒澤映画や小津映画に出た超名優の千石規子さん、黒澤監督の「どですかでん」にでている牧よし子さんらもいて黒澤監督の話をきくのがとても面白かった。成田三樹夫さんも、岸田今日子さんもいたなあ。まあ、いろいろと思い出話はあります。奥田さんと渡辺さんと昼食を外に食べにいったら、奥田さんが女性に囲まれてサイン大会。まったく普通の慶応の学生だった僕までサインしちゃったことがあったりとか。
 学生で参加した僕は、廻りの人に本当に可愛がってもらいました。出来るだけ映るようにいろんな配慮をしてもらったり、スタッフの人に、ラッシュで佐藤さん大受けです。役者さん、食っちゃってますよお、と言われたのを当時の僕は褒め言葉と思ってしまったりしています。素人とはいえ、僕が今でも本当に申し訳ないなあと思っているのは、あのバン妻の息子である名優田村高広さんが病室を廻る回診シーンにも映っているのですが、何とおいら一瞬カメラ目線しちゃってるんですよね。それがそのまま本編に使われています。ホントに申し訳ないと思っています。これは監督自ら注意するように後で言われました。
 僕はそのまま銀行員に、しかし、7年くらいしたら、完璧にテレビに出る人になっていました。熊井啓監督は、僕が「トゥナイト」に出ている時、生放送中に放送局に電話してきて「深い河」に出ませんか?と言われて、プロデューサーと交渉し3週間休みをとってインドまで言ったこともありました。そこでも、いろんな名優、特に井川比佐志さんや秋吉久美子さんと何回もお話する機会があったのを今でも覚えています。まあ、一番一緒に遊んでいたのは、沖田浩之さんなんですけどね。沖田さんは、ギャラをどうやって交渉したかまで話してくれました。沖田さんは僕がもっていってた「坂の上の雲」をいたく気に入り持って帰ってしまったり、ヘンテコな地元の洋服屋に連れて行き僕にシルクのシャツを作らせたり(おそらく誰か人を連れて来ると店の人にいって何かあったんだと思います…笑)頭が壊れるほど飲んだりと。まあ、遊びました。
 熊井監督とは撮影の場所だけでなく、ロンドンやニューヨークでもご一緒したり、妻の熊井明子さんがロンドンに来た時にはオープニング直後の「ミスサイゴン」を観に行ったり、まあ、いろんなことがあったんです。ニューヨークにいる時に来てくれた時は、監督は文化人が泊まることで有名なアルゴンギンホテル(確か)に宿泊されたと思うのですが、当時、ニューヨークで一般公開されていた黒澤監督の「夢」という映画はどういう評判?と気にされていたりとかね。確か、モントリオール映画祭の前後に寄られたんだと思うのですけれどね。
 そんな良好な関係も一度壊れたことがあります。「深い河」の撮影にいったときのこと。当時メディアで売り出し中だった僕にとってみると3週間も休んで出かけるというのは、とても大変なことだったんです。特に「トゥナイト」は入れ替わりが激しく、ちょっとでも手を抜くとすぐに降ろされる。僕も3週間の休みのあとはしばらく出番がなかったこともありました。もうサラリーマンでもありませんから、収入も激減する。
 それでも、映画好きの僕なんで、リスクを取り撮影に参加させてもらったのです。ところが、インドのベナレスに入ってからいっこうに自分のメインのシーンの撮影が予定に入って来ない。僕は相当とアピールしたんです。何と撮影しないまま帰国の日になってしまった。結局は何か出ているのか出ていないのか分からない感じになってしまったんです。監督はプロの俳優だけでなく生きてきたリアリティのある素人を美味く使うことが好きで、監督お気に入りの素人さんがいて、それはお年寄りの医者さんだったのですが、僕はそのお世話係。また、撮影日誌も書いて東京に送るようにと言われ、頑張って書きました。それなのに、結局は自分のメインのシーンの撮影はなしなんだと思うと、それがとても残念で監督との関係は切れてしまいます。
 数年たって、監督がどんな執念で映画を撮っているかをそれまで以上に感じるようになり、自分が子供だった、些細なことにこだわった、いい映画を作るというよりも自分のことが座標軸になってしまったと詫び状をだしたことがありました。
 その手紙をだしたあと1回監督とあう機会があった。それは、遠藤周作先生の1周忌だったと思うのですが、三田の中国飯店(学生時代によく通ったなあ)で開かれた時に来られていて、監督自ら僕のところに歩み寄って「ああいう手紙を出せるというのはすごいことだ」と言ってくれました。お酒をどんどんついでくれて、楽しく話しました。それが最後でした。ゴールデン街で相当暴れている話などは何回も噂にきき、どこか夜の街で会うのは面白いぞと思いましたが、僕自身が監督の暴れている姿をみたことがありません。
 熊井組の撮影現場でのスタッフ、キャストを含め執念で撮影している現場の空気を今でも覚えています。撮影監督や美術監督などスゴい人ばかりだったのです。自分の出番ではありませんでしたが、「海と毒薬」の手術のセットは映画好きの僕にぜひ見においでと言われて見にいきました。半分オープンなところに作られたセットは、手術室の床を八百屋にして、水を常に流し、血が上手く流れるように工夫した話や、実際に手術に使う豚の肌も見せてもらったり。白黒の美しさも力説されていました。潤沢な予算があるとは言えない現場でも一切の妥協はせず執念で映画を作る姿はいまでも鮮明に覚えています。また、いつか監督の現場に行きたいなと思っていたのでホントに亡くなったのは残念です。
 そんな思いで昨日12月23日に教育テレビで放送された熊井監督の追悼番組を見ました。とても良く出来ていたのです。監督の一番こだわったところに焦点を絞った番組でした。それでも、僕は熊井監督が、娯楽大作も撮ったことももう少し拾って欲しかったなあと思います。例えば、「黒部の太陽」はものすごい人間ドラマでした。それに出演した三船敏郎さんの遺作は「深い河」です。また、日活時代には、確か石原裕次郎映画の台本もかいているはずです。それが、石原裕次郎と石原プロ渾身の代表作「黒部の太陽」につながるはずだし、「君の名は」だったかなあ?確か岸恵子さんの作品についても脚本をかいているはずで、それが、十何年ぶりかに岸恵子さんを映画に復帰させるきっかけとなった「式部物語」につながったと僕は思っています。 重い作品をとられる監督ですが、その分、俳優は実力とスター性を好んだ。日活出身らしい監督のキャスティングだなあと思ってみてました。それが番組では社会派以外の作品群で紹介されたのが「忍ぶ川」だけだったのがちょっと残念です。
 映画評論家の白井佳男さんが社会派だけではないという部分を感じさせるコメントをされていたのですけれど。(白井さんにもお世話になったなあ)
 
 いつか、監督のご自宅にご焼香に行きたいと思っています。「海と毒薬」の撮影現場でなぜかもっていた玩具のようなカチンコにサインしてもらったものを今でもリビングに飾っています。1985年のことでした。ご焼香に行く時はそれを持って行ってこれにサインしたの覚えていませんよねえ?と言おうと思っています。
 
 いまは友人知り合い友達がもう死ななないようにとそればかり思って過ごしているのです。何か変ですよね?でも、何か葬式に行けない佐藤です。
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アルパチーノの「ベニスの商人」

4/21
 最近はマフィアのボス役などですごんでいる芝居ばかり見てきたアルパチーノは、ドウしたんだよ!と言いたい俳優の一人であった。もっと作品選んで下さいよと言いたかった。しかし、この作品でのシャイロックの演技は見事である。シェイクスピアの台本をもう一度読み直し、哀しいユダヤ人シャイロックの本質に迫る見事な演技である。もちろん細かい心の動きや心象をいやらしくなく表現するに至っては、あの名作「セントオブウーマン」でのアルパチーノを思い出させるくらい素晴らしい。理想的な共演者とともにこの映画は見事な現代劇となっている秀作だ。
 共演者は、上手いし作品もいいんだけど、印象は薄い、ジェレミーアイアンズ(「ダイハード3」「運命の逆転」)やシェイクスピア映画ならこの人というくらいのジョセフファインズ(「恋に落ちたシェイクスピア」「エリザベス」「スタリングラード」)などポーシャ役は当初ケイトブランシットだったらしいが、妊娠で降板したとネットに書いてありました。つまり、理想的なというのはシャイロック・ザ・アルパチーノに焦点を絞って作品が作られるのに理想的なのだ。ケイトブランシットが出て来たら、そりゃポーシャにも焦点行くよなもっと、という感じです。
 この作品に限らず、シェイクスピアの台本は現代の感覚で見ると大変重すぎる。今回の作品は、シェイクスピアの台本に忠実でありながらも、詩吟の部分などや物語の筋とはあまり関係ない長ゼリフは整理するなどして全体的にスピーディに展開するように工夫されている。映画の質感はあの名作「恋に落ちたシェイクスピア」のような重量感のある色彩(イタリアルネサンス時代のそれと、16世紀のレンブラントの色合いの中間かな)であるが、それが重々しい歴史劇的な雰囲気になっていないのは、昔のシェイクスピア映画のように舞台で唄い上げる朗々とした台詞回しでなく、あくまでも話し言葉の発声であり、先に述べたように台本を整理して分かり易くしたことが観やすいポイントとなっている。恋オチではロンドンが舞台だったが、こちらはベネチア。今も残る16世紀の雰囲気たっぷりの現地ロケに美味いCGの利用で美術や衣装も超一級となっている。
 そして、この作品の一番の素晴らしいポイントであり、この作品を舞台でも映画でも取り上げる限りは避けて通れない反ユダヤ主義と向き合ったことが特筆される。(これは先年の劇団四季版「ベニスの商人」でも中途半端な挑戦で終わったような印象をもっている)この映画の演出は、欧米社会で今も残っている反ユダヤ主義的な空気。そして、今までこの作品を取り上げるとカリカチュアされた悪人シャイロック=ユダヤ人の代表みたいな空気。これをどう捉えるか。その課題にきちんと向き合って現代社会では上演される価値のある作品として蘇生させたと言えるのだ。
 裁判の場面で、シャイロックが、ベネチア人の皆さんも奴隷に重労働し、自らと同じ美味を味あわせずこき使っているのはなぜか?差別しているのはなぜか?金を出して買ったからでしょう!ときちんと批判するところなど、従来のシェイクスピア劇だとシャイロックの単なる言いわけ、理屈づけ見たいに扱われてしまうが、ここでは真情吐露の重要な台詞として扱われていた。
 そこに登場するベネチア人も勝手だし、追いつめられたユダヤ人シャイロックの行動も、同じ人間として扱う。決して、ユダヤ人=無慈悲な悪人的なステレオタイプな形で処理していない。
 シェイクスピアの台本を今一度、読み直してみると、反ユダヤ主義に対する風刺がきいているようにも読めるのだ。シェイクスピアは別に社会問題を取り上げようとしてこの作品を書いたわけではないだろうから、ま、現代社会に生きる自分らの後付なのだけれどね。
 本来のシェイクスピアの台本とは違うのだが、シェイクスピアの作品の中でも余りにも有名なこの作品に初めて出会う人に、そして、ベネチアを旅行したり、いつかは旅行してみようと想っている人にも見てもらいたい素晴らしい作品であります。演技の勉強にもなりました。
  シャイロック役は舞台でダスティンホフマンが演じた物があり、それがもっと弱いシャイロックで面白かった。ピーターブルックの演出でした。
公式ページはこちら http://www.venice-shonin.net/index.html
しかし、裏事情に詳しかったり予告動画が見られたりするのはこちら、
http://www.audio-visual-trivia.com/2005/01/william_shakespeares_the_merch.html
マイケル・ラドフォード監督 は他に「イルポスティーノ」というイタリア映画くらいしか、有名なのは撮っていないけれど、見事でした。
 個人的に「ベニスの商人」は、小学生六年生の時に学芸会で上演しようと、自分で子供劇に台本を書き直して試みたこともあるくらい。ま、子供の頃は、一休さんの頓智話と同じような裁判シーンの面白さに惹き付けられてであったのですけれど。(今回の判決も余りにも身勝手で、おかしな判決だと思うけれどね。あれはシャイロックの勝ちでしょう。ホントは…)それは24対22という僅差で負け、「アリババと40人の盗賊」を上演する事になったのだが…。盗賊の長をやれと言われてふてくされた自分は断った。もう一本の台本を書いた奴がアリババをやって、台本も主役も独り占めかよと頭にきたのだ。それ以来、自分は演じることはダメなのだとトラウマができたくらいだ。それを振りほどくのに25年以上もかかったのです。

 本日の佐藤治彦
 「ベニスの商人」見て、ブログも書いて、焼肉食って、気になるシーンだけ「有頂天ホテル」見て、最初から40分くらいのところで時間切れ。三谷幸喜さん気を使ってもらってありがとうございました。って気を使ってもらってないか? 美容院へ。髪の毛がドンドン薄くなるので、4500円の頭皮エステ。これが気持ちいいし結構効果アル感。これやったあと、育毛剤が頭皮に染込むのが実感できるから。で、床屋の会話らしくいつものようにバカ話をするのです。近くの寿司屋で高岡早紀さんを見たらしく、俺があんなマズい寿司屋でねえとか言ったんだけど、あ、そうか、この人も言ってんだと思って反省。急に話を、この前の高岡早紀のテレビ版「愛の流刑地」の濡れ場は見物だったかどうかの批評大会から、好きな俳優はとなり、ロバートデニーロの話をひとくさりしたあと、日本の俳優はという話になり、キムタクや織田裕二の芝居は、華はあるし人気があるのも分かるけれど、何をやってもキムタクだし織田裕二だと、誰もがいう悪口。華麗なる一族なんか、どうみても華麗じゃないよな、フリーターとか兄ちゃんが良い服着ましたって感じだと思うとか、週刊新潮的な切り口で、自分で言いながらも、これ文春か新潮で言ってる目線と一緒だわとオリジナルな悪口も言えないのかと、自分の感性にがっかし。そんな生意気なこといいつつ、いつもベンツくらい買ったらどうですかって言われて、俺はケチなんですと、ま、同じ言い訳。金はありませんなんて口が裂けても悔しいから言わない。通ってるアスレチックジムに婆さんが来る時間帯分析とか、ホントに書けないこと、言っていた。って書いてるじゃん!この後、チーム発砲ビジンの解散公演「ジューゴ」って芝居を観にいって、小林愛ちゃんとクンジイに挨拶し、その後、新宿で打合せして、久々に新宿で飲む。疲れた。

映画「プラダを着た悪魔」を見て思うこと。

12/3
 僕は映画館に行く時間があまりなく、行ってくれる人もいなくて、最近はDVDや飛行機の中で映画を見ることが多い。いや、海外にいる時には映画館に行ったりするけどね。というわけで、本来ならば、夜便のためにぐっすりと眠ってしまいそうな全日空916便の中でみたのが「プラダを着た悪魔」。大変面白いコメディ映画でございました。映画の作り方が手堅く、新鮮さとか切り口とかそういうところまで手堅い。つまり原作の勢いにすべて乗っかって手堅く映画を作ってしまったという感じだ。僕の知ってる若いカメラマンは、こんなのありえねえと言ってるけれど、いや僕のいた現場はまさにこういう感じでした。別に編集者がそうだというわけでなく、ニューヨークやロンドン、いやパリだろうがバンコクだろうが、もちろん東京も。世界の大都市で一番でいるためには人知れぬ犠牲を払っているもので、当たり前の世界なのです。そこには名声も成功もあっても、それは、決して幸せと結びついていないんです。幸せはまた別の方法で見つけ出さなくてはならない。よく成功すればすべてが手に入るという奴がいますが、それは絶対に間違っています。
 幸せは手に入りません。外から見たらそういう風に見えるかもしれませんが、それは決してそうではないのです。そういう根本的なことを言ってる映画ですね。
 でも、名声とか富とか成功とかも味わってみるのもいいと思いますよ。僕はああいう世界も知ってて今の自分があって、勝つためにやらくちゃ行けないことを知ってるつもりです。夢をかなえるためには、そこまでしなくちゃダメなんです。少なくとも世間の中で1番とか2番とかになるためには。金メダルと取って爽やかに笑っているスポーツ選手は死ぬような思いをしてるんです。この前情熱大陸で冨田。あの体操で30年ぶりに日本を世界一に導いた男。それも二枚目ですよね。
 女ができないって嘆いていました。テレビで。ホントかどうか知りませんが。そういうものかもしれません。成功と幸せは違う。冨田は間違いなく成功した男だけれど、まだ幸せではないと思うんですよね。自分に満足していても幸せではない。
 さて、映画の話に戻しましょう。今回はアンハサウェイとメリルストリープのキャスティングでもう成功したようなものですね。しかし、あの編集長の役、他にもやりたかったハリウッドの女優は多いはず。例えば、グレングロース。20年前なら、アンバンクロフトとか、バーブラストラザインド、スーザンサランドン、ジェーンフォンダなんかもやってみたい役柄なんですね。女優が主役をやれるハリウッド映画ってのは少ないですからね。メリルストリープはまだ生き残ってる。大したものです。時代は変わったものです。時代が変わったといえば、スタンリートゥッチ。この人もこの10年で出てきたこの手の役柄を奪う男ですよね。僕がやりたいポジションです。でも、この人がハリウッド版「シャルウィダンス」で竹中直人の役柄をやったときには、みんな竹中さんがやった方がいいと言ってましたね。
 いつものように駄文ですが、何かニューヨークとパリのいい風景を山ほど見られるし、衣装がやはり、アンハサウェイがやっぱり少女漫画の主人公みたいだけれどキレイでさ。ゴージャスな女で嬉しいです。 
 

http://movies.foxjapan.com/devilwearsprada/

スタンリードーネン監督 シャレード

シャレード
 オドーリーヘップバーンは「ローマの休日」「ティファニーで朝食を」「マイフェアレディ」など今でも多くの女性を虜にする名作を残してこの世を去った。「おしゃれド泥棒」どころか「いつも二人で」とか「暗くなるまで待って」まで僕も大好きである。彼女は可愛い。が、傑作揃いの彼女の作品から一作品だけ選べと言われたら、僕は間違いなくこの「シャレード」をあげる。それは、エンタティメントの極地がここにあるからだ。冒頭の1分で旅情とドラマの開幕をすぱっと見せられて、タイトルに入る。先ずはその冒頭のタイトルのセンスの良さ。もうたまらない物がある。そして、ヘンリーマンシーニの音楽は有名なシャレードのテーマだけでなく他のものもいい。マンシーニにとってティファニーとともに最高傑作である。最高のサイケなのだけれど欧州的なセンスの良さで決定打を打っている。シャモニーから素敵な時代のパリの魅力がふんだんに収められていて、登場人物の演技のうまさ。洒落っ気。ケーリーグランドやジェームズコバーンだけでなくパリ警察の刑事を演じるドミニクミノー?まで最高である。悪役を演じるウォルターマッソーもコメディを演じる彼しか知らなかった僕に衝撃だった。
 洒落てる洒落てるって分かんないよね。例えば、どうでもいいようなシーン。ヘップバーンとグランドが遊びにいくキャバレーでの遊び。林檎を手を使わずに廻していく時のゲーム。そこに登場するしかめ面の太ったおばさん。それと格闘するグランドのおかしさ。しかし、それは、あっという間にヘップバーンとグランドのラブシーンになるのである。ヘップバーンが素性を怪しむグランドを尾行する時に巻き込まれるドイツ人観光客。ヘップバーンに信号とか車の行き来だけで誘惑されたり塵扱いされたりする。それが、シーンのオモシロさであり、いたずらで移り気な女の気持ちもすぱっと描いていて、この映画でのヘップバーンの性格を映し出す。サスペンスと、人物描写と、コメディと、パリの旅情とが一つのシーンに集約されていたりする。アクションシーンもパリの夜のアパルトマンの屋上。ネオンがキレイだったりね。来ている服。パリのメトロ。カフェ。もう魅力たっぷりさ。台本も衣装も美術もスパーヴで1時間43分があっという間。スタンリードーネンの最高傑作である。
 そして、何よりも観る人を幸せにする良く時代のアメリカ映画なのである。1963年。是非とも見て欲しいし、絶対DVDコレクションとしてもっておいて後悔しないものである。
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マイクニコルズ監督 バージニアウルフなんか怖くない

バージニアウルフなんか怖くない


後日感想を書きます。

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ルキノヴィスコンティ監督 ベニスに死す

ベニスに死す



「後日感想を書きます」



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ドクトルジバゴ 1965年 デビッドリーン監督 ★★★★★

デビッドリーン監督は世界中のフィルムメーカーがこぞって絶賛する巨匠中の巨匠だ。1991年になくなるまでに撮った作品でカラー作品はたったの5本。初代日本人ハリウッドスターの早川雪舟出演の「戦場にかける橋」はアレックギネスやウィリアムホールデンの出世作。おなじみ「アラビアのロレンス」、そして、この「ドクトルジバゴ」、その後に性愛とアイルランドの哀しい空気を見事に捉えた「ライアンの娘」。そして、晩年の「インドへの道」。これだけです。「インドへの道」は公開時の80年代の終わりに観てそれっきりなのです。もう一度観たい作品の上位です。で、あとの4本は傑作です。しかし、世の中的にはとにかく「ロレンス」ばかりで、あとの作品の人気は落ちる。僕的にもロレンス、橋、ジバゴという順だったな。ロレンスはDVDを手に入れてからそれこそ30回くらい観ていて、それでも飽きない。それどころか発見がある。男の子の映画だからね。楽しいんです。
 それに比べて「ドクトルジバゴ」。ロシア革命、不倫、哀しげな最後。そんなイメージをもって15年以上前、20代の終わりにレーザーディスクで観たのが最後でした。
 何かなあ、メメ臭いと感じたのかもしれません。DVDも1年以上前に1500円で特別版が限定発売というので買ったきり。1500円だから買ったんですよ。1500円だもん。封も開けていませんでした。ところが、何か今年の寒波と風邪ひきで観たくなったんですね。寒いから?ロシア?>>。
 先ず観たくなったのはメーキングの方でした。この作品は原作がノーベル文学賞をこの作品で取ったパステルナークの作品だが、当時のソビエト連邦で発禁。そこで、スペインロケ。出演者の当時と今のコメントも本音ベースでオモシロいし。何か1964年末に公開した時は評論家かからコテンパンに悪評だったらしい。しかし、映画は大ヒット。アカデミー賞も脚本賞や有名なラーラのテーマで作曲賞、撮影賞など5つも取ってる。この年はサウンドオブミュージックが作品賞と監督賞とか取ってる超激戦の年だったのですな。
 何か130分の特典映像を観て行くうちに、この長大な叙事詩的作品を見る決意ができたのです。3時間と20分。観ました。オモシロい。傑作。スゴすぎる。
 ロシアの大地、モスクワと地方のロシアが描き出され、革命という時代の空気も出て、役者もいいし、音楽、衣装、キャメラ、美術…最高。そして、何よりも女優がホントにイイッス。ジュリークリスティの美しさは何なんだ。気品とエロさを兼ね備えている。ブロンズ女の良さってこれです。ジュラルディンチャップリン、若い。可愛い、切ない。キレイ。女の可愛さ良さを100面相のように出しまくります。オマーシャリフはエジプト人なのにロシア人に上手く化けてるし、アレックギネスは、「戦場にかける橋」「アラビアのロレンス」とこれが代表作だもんね。「スターウォーズ」のオビワンケノビとか「名探偵登場」のヘンテコ探偵以上にスゴいもんね。ロッドスタイガーやトムコートネイなど、ああ60年代の役者ってカッコいいなあ。何しろ観ていて登場人物の、そして、自分と廻りの人のそれぞれの人生が愛おしくなる作品。
 3時間があっという間。そして、CGでなく生の絵。もう今では絶対に作れない、真の大作がここにはあります。時代に翻弄される男女であるが、エロは何よりも強かった?そんなんかよ?3時間20分の超大作を是非とも観て下さい。

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Appendix

佐藤治彦 Haruhiko SATO

Author:佐藤治彦 Haruhiko SATO

さとうはるひこ Haruhiko SATO
経済評論家+α
詳しいプロフィールはこのブログのカテゴリーからプロフィールを選んでごらん下さい。経済や金融を中心に90年代初頭から活動してきました。40代初めにセミリタイアし今は本当にやりたい仕事だけを選んでやっています。また、演劇活動にも力を入れました。台本書きや俳優としての仕事などもお待ちしています。
 仕事の依頼
 佐藤治彦に対する仕事の依頼は、佐藤治彦まで直接ご連絡頂ければ対応いたします。連絡方法は、Facebookの佐藤治彦個人のページからメールで送って頂くのが一番だと思います。もしくは、Twitterを通して連絡を頂ければこちらから連絡します。
 また、マネージャーなどが入った方がいい場合やなかなか連絡が取れない時などは、CAST+ キャスト+ 東京都港区赤坂 6-4-19-5F 電話03-3589-8011(担当田嶋)までご連絡いただいても構いません。ただし、予算が限られている時には直接僕に連絡下さった方がいいと思います。



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